過労死”なお続く、静かな反発“クワイエットクイット”広がる

ストレスや重労働による過労死が問題視される一方で、日本の職場では「必要最低限だけ働く」という「クワイエットクイット(静かな退職)」が若い世代を中心に確実に広がっている。
日本における過労死(karoshi)は、長時間労働や過剰なストレスが引き金となり、心筋梗塞・脳卒中・過労自殺などを通じて命を奪う深刻な社会問題だ。「Karoshi」は日本発の言葉として世界に知られており、世界保健機関(WHO)や国際労働機関(ILO)も長時間労働と過労死の関係性を指摘している 。
2022年には、26歳の医師が100日以上連続で働き、207時間超の時間外勤務した末に自殺した事件も報じられ、国内外に衝撃を与えた。政府は月末金曜日のプレミアムフライデー導入や特定企業の公表、4日勤務制の推進といった働き方改革を打ち出すが、現場の長時間労働は依然残っており、「過労死を防ぐにはまだ遠い」との声もある 。
こうした背景の中、職場環境や働き方に変化が生じ、若者を中心に「ただ働く」のではなく、「契約範囲内で働く」ことを選ぶ動きが拡大している。それが「クワイエットクイット」だ。
クワイエットクイット、日本でも浸透
クワイエットクイットとは、本来の業務範囲をこなすだけで、それ以上の業務を自ら進んで引き受けない姿勢を指す。2022年にTikTokをきっかけに米国で注目され、日本でも広がっている 。
求人・転職情報サイト「マイナビ」の調査では、日本の正社員のうち約45%が自身を“quiet quitter”と認識しており、20代では46.7%にのぼる。この割合は全世代に広がっており、特に20代・30代で顕著だ。
若者たちがこうした働き方を選ぶ理由としては、以下のような要因が確認されている:
家族世代が過労で人生を犠牲にする姿を見て、生き方を見つめ直した 。
終身雇用制度の崩壊や賃金停滞を背景に、「会社に尽くせば報われる」という考えが薄れている 。
パンデミックを契機に「仕事よりも自分の時間を大切にしたい」と感じるようになった 。
実際、国内調査ではクワイエットクイットを選んだ人の約60%が「この働き方に満足」しており、多くが継続意向を示している 。不要な残業を避け、プライベートや趣味、自分の時間を確保できる点に魅力を感じているようだ。
企業側の認識と変化
人事担当者向け調査では、従業員の“静かな退職”が実際に起きている企業は、300人以上規模で約90%に上り、一般社員にとくに多いという報告もある 。バックオフィス職や年収400~600万円の層に多く、企業にとって無視できない現象となっている。
企業の対応としては、給与体系の見直しやエンゲージメント向上、役職者向けのマネジメント強化など、“静かな退職”を未然に察知し、働きやすい環境を整える施策が模索されている。
また、Gallupの調査では日本の「エンゲージメント率」(仕事に熱意を持つ社員割合)はわずか6%と世界最低水準にあり、約3割の社員が転職を考えているという。企業文化の見直しや人材活用において、クワイエットクイットへの対応は重要な課題となっている。
職場への影響と次のステップ
クワイエットクイットは「やる気がない怠け」ではなく、「制度と実態の乖離」への沈黙の抗議と捉える専門家も多い。若者があえて均衡点を探る中で、企業側も柔軟な働き方や評価制度、メンタルヘルス支援など、包括的な環境整備が求められている。
また、政府が提案する4日勤務制や残業上限、プレミアムフライデー導入などがどこまで現場に浸透するかが焦点となる。制度だけでなく、企業文化や働く価値観をどう更新していくかが、職場改革の鍵を握るだろう。